どんぐりおじさんの<人間関係論>

教育学を中心に、人間関係論やコミュニケーション論などに関する私案を、いろいろ書いています

「人間の壁」(石川達三)と教育(第9回)。

「人間の壁」(石川達三)と教育(第9回)


           


「人間の壁」(石川達三)は、昭和30年代、小学校の教師、志野田ふみ子(冷たい夫と離婚後、尾崎ふみ子)が、教育とは何か、教師の役割とは何か、教師の喜びはどこにあるか、生き甲斐のある人生とは何か、を追求してゆく悪戦苦闘の姿が、石川達三の鋭い眼をとうして描かれています。



今回は、前回に続いて、尾崎ふみ子先生が、教師としてしての、自分の喜びを語ります。ぜひ、ご一読下さい。


以下、引用、抜粋です。
(尾崎先生は、盲腸で入院中です。そこへ同僚の須藤房枝先生が、お見舞いに来てくれました)。

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 「尾崎さん、あなたに良い物を持ってきてあげたわ.あてて御覧なさい」。
彼女はニコニコしながら風呂敷を開いて、学校の名の入った大きな紙袋を取り出した。あなたのクラスを一時間だけ、私が見てあげたの。別に今勉強することもないからと思って皆に作文練習をさせたのよ。病気の先生をお見舞いする文。・・・後でゆっくり見てちょうだい。あなたのクラスの子供たち、みんなかわいいわね」。
 これは尾崎先生にとって、何よりも貴重な見舞いだった。そして、子供達に書かせて届けてくれた須藤先生の深い心遣い、女教師の、心を知り尽くした人の暖かい心ずかいが、言葉ではいえないほど有り難かった。
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ここまでが、前回。
以下、今回。
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たいていは原稿用紙に一枚以内の短い文章だった。舌足らずの不器用な手紙。まるで形式的な感情のこもらない手紙。また見舞い文という目的を忘れ自分の事ばかり書いた手紙。切々として寂しさを訴えた手紙。・・・


[先生、もうちょう、いたいですか。びょういんは、くすりばかりで、なんにもたべさせてくれないって、ほんとうですか。せんせいがいないと、みんなさわいで、ちっともべんきょうしません。だけどしけんはすんだから、もういいです」。


「先生、この前、ぼくの兄さんが、もうちょうを切りました。ぼくは病院へ見舞いに行きました。兄さんは手遅れで死にました。先生は大じょうぶですか。土井先生は大じょうぶだと言いましたから、ぼくは大じょうぶだと思います。兄さんは火そうばで焼かれてお墓にうずめられてしまいましt。それでお母さんは病気になってねました。だけどもうなおりました。先生、はやくなおって下さい」。 (つづく)
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       どんぐりおじさん

           


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