教師に求められる<心的能力>(その2)
教師に求められる<心的能力>(その2)
① 自分の<心>を感じ取る感受性。
ここでは、私は、<心>を次の様に定義します。
<心>=<気持ち(感情)>+<願い>
*感情・・・嬉しい。楽しい。好き。その他。
きらい。憎らしい。イヤだ。その他。
*願い・・・「今、・・・したい」。
「今、・・・したくない」。
感情と願いは、その強弱を考えると無数にあります。
上記のような人間の<心>は、一瞬、一瞬、心臓の鼓動の様に、休むことなく沸きあがり、アッという間に消えて行きます。うっかりしていると、取り逃がしてしまいます。取り逃がしたものと、同じものは、2度と現れないのです。
ひとつ、ひとつが、貴重品なのです。
この活動は、生きている限り続きます。
この<心>を、しっかりと感じ取る感受性が、人間には強く求められます。
特に教育に携わる教師には、何より強く求められます。
なぜでしょうか?
それは、教育の目的である<生徒の人間形成>は、教師と生徒の対話において、主に教師と生徒の<心の交流>によって実現するからです。
この時、教師が、自分の<心>(<気持ち>と<願い>)を知っていないならば、教師と生徒の<心の交流>を実現する事は出来ません。
なぜなら、教師は生徒に対して発言するコトバ、すなわち<心>を持っていないからです。何も言う事が出来ないからです。
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どんぐりおじさん