「先生! もっと、ほめてよ!」(第4回)
(2-3)生徒は、なぜ<ほめて貰いたがる>のか?お願い・・・この記事は「学校教育」(主に小学校低学年)を想定して書かれ
ています。しかし、教育的、指導的立場におられ「先生」と呼ばれている、保
育園、幼稚園などの先生方、さらに、保護者の方(特にお母さん)にも、お読
み頂ければ幸いです。
何かしら参考にして頂けることが、あるかも知れないと考えるからです。
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「先生! もっと、ほめてよ!」(第4回)
(5)生徒は、なぜ<ほめて貰いたがる>の
でしょうか?
大部分の生徒は、先生のことが好きなのです。
先生を尊敬しているのです。
ですから、こんな先生から、ほめられると嬉しいのです。
何度でも、ほめて貰いたいのです。
生徒が、ほめて貰いたがる気持ちが、もう一つ、あると思われます。
生徒は、愛情欲求が、非常に強いのです。
親や先生から、いつでも愛して貰いたいのです。
子供にとっては、<ほめられること>は、<愛されること>を意味するのです。
先生が「この問題、わかる人!」と生徒に聞くと、競い合って「ハイ!ハイ!」
と手を挙げる気持ちが、私にはよくわかるのです」。
この時、手を挙げられない生徒の悲しみは、どんなに大きいことでしょう!
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「先生! もっと、ほめてよ!」(第3回)
(4)先生は、なぜ生徒を<ほめる>のか、<ほめようとする>
のか?
先生が、生徒を<ほめる>時の心情(心理)には、次の二つの
場合がある、と私は感じています。
この二つは、生徒の人間形成、人格養成に与える、質、価値、意
味が全く異なります。
先生が、このことをしっかり認識する事は、教育上、非常に重要
でしょう。
(4-1)先生に<ねらい>がある場合。
<ねらい>とは、先生の意図・目的のことです。
先生が、自分が考える方向へ、生徒を持って行くための強制的手
段として、先生は、生徒を<ほめる>のです。
例えば「今度の算数のテスト、80点とったね! たいしたもん
だ!」。
「君は、いつもキチンと挨拶が出来るね。いい子だね」などと。
これは、先生が、生徒を<ほめる>と言う手段によって、先生が
意図する所へ、生徒を強制的に持って行こう、操作しようとする
試みです。
ここには、生徒の自由は、ありません。
この場合は、次のような点で問題がある、と私は考えます。
(い)生徒の自主性、自発性などの生徒の大事な資質が失われて
しまう。
(ろ)生徒が自由に伸びようとする実現化傾向が失われてしまう。
(は)教育の目的である、生徒の人間的成長が妨害されてしまう。
ですから、<(3)<ほめる>とは、何でしょう?(第2回)>で
述べた方法は、先生に<ねらい>があるので、以上の理由で私は
避けて欲しいと切望しています。
(4-2)先生が、その時の、生徒の言動を、心から喜び、共感
し、その気持ち・感情を発言する場合。
例えば「A君、今度の算数のテスト、80点とったね! 先生、う
れしいよ! がんばったんだね!」などと。
この場合には、(4-1)と正反対の素晴らしい効果が、得られ
るでしょう。
先生と生徒の間に<心の交流>が起こるからです。
<心の交流>こそが、生徒の人間形成を促進する最高・最大のエ
ネルギーです。
<心>とは、その人の、その瞬間の<気持ち(感情)>と<願い
>です。
(心の交流については、既に、これまでに、何度も詳しく述べて
きましたので、ここでは繰り返さない事にしたいと思います)。 (つづく)
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どんぐりおじさん
どんぐりが、どんどん、落ちています!!!