「心の違和感」について(第9回)最後。
「心の違和感」について(第9回)
神経症のパターン(9)
自立と独立への神経症的欲求。
*だれの助けも求めたくない。
*どんな勢力にも服従したくない。
*どんなことにも束縛されたくない。
*何かの奴隷になりそうな危険には、近ずきたくない。
*人に近づかず、距離を保って、安定感を保とうとする。
*援助、協力、親交、愛情を避けようとする。
神経症のパターン(10)
完全で、非の打ち所のない状態への神経症的欲求。
*いつも、なにごとにも、完全であろうとする完全癖を求める。
*自分の欠点を、隠そうとする。
*自分の欠点を、咎める。
*自分は完全だと思い、優越感を持つ。
*自分の欠点に気付くことを恐れる。
*自分が誤り、失敗することを恐れる。
*他人から、批判されたり、非難されたりすることを、ひどく恐れる。
皆さん、このシリーズを今回で終わります。
いかがだってでしょうか?
僕が敬愛する精神医が、心を込めて書いた<10種の神経症のパターン>は、神経症者でけでなく、僕の心にも、いくつかは存在している事を、僕はハッキリと感じることが出来て、とても有益でした。
あなたが、もしも、このシリーズに書かれている文章の中に、ひとつでも「これは、私だ!」と感じていただける<言葉>があれば、僕は幸せです!
ご愛読、ありがとうございました。
おわります。
(どんぐりおじさん)
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「心の違和感」について(第8回)
神経症のパターン(7)
自分が、人に賞賛されたいと言う神経症的欲求。
自己が拡大されたイメージを持っている。
うぬぼれ(自己愛)。
*現実の、自分そのもの(あるがままの自分)ではなく、自分が理想と
する自分(理想の自己)を人に見せて、人の賞賛を得ようとする欲求が
非常に強い。
*自己評価は、自分が<理想の自己>に沿って生活しているか、またそ
の生活が、人の賞賛をどの程度獲得しているかによって決まる。
*人の賞賛を失う事(屈辱感)をひどく恐れる。
神経症のパターン(8)
個人的業績を得ようとする神経症的野心。
*自己評価は、相手が最高・最善の恋人、スポーツマン、作家、労働者など
であるということ、または相手が、相手をそう思っているかどうかで決まる。
結局、自分が、その人を評価しようとしないのである。
*自己評価は、人に手腕家であると認められることによって決まる。
認められないと怒る。
*人を打ち負かすための破壊的傾向がある。
その強さは、いろいろである。
*より大きな達成のために自分を鞭打つ。
その一方では不安がこびりついている。
*失敗の恐怖が強い。(つづく)
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どんぐりおじさん