どんぐりおじさんの<人間関係論>

教育学を中心に、人間関係論やコミュニケーション論などに関する私案を、いろいろ書いています

<新・教育学>(その10)

人格養成のための<新・教育学>(その10)
    =対話による、生徒中心の教育


(1)<対話>
学校教育は、大部分が<対話>によって実行されています。
知識教育も人格養成も、大部分が<対話>によって実行されています。
大部分、と言ったのは、知識教育の場合は、コトバ以外に教材が使われる
からです。
人格養成は、100%、<対話>によって実行されています。


(2)<発言>に含まれている2要素
<対話>は、一人の先生と、一人の生徒の間で行われます。
先生が<発言>し、生徒がそれを聴く。
次に、生徒が<発言>し、先生がそれを聴く。
この繰り返しです。


さて、すべての人間(幼児も、おとなも、男も女も)が話す、すべての
<発言>には、次の二つの要素が、必ず含まれています。
)と()の比率の差は、ありますが。


(ィ)事柄。  (ロ)気持(感情)と願い> 


ィ)事柄とは、<内容、事柄>です。


(ロ)心とは、<気持(感情)と願い>です。
心には、瞬間、瞬間、<気持(感情)と願い>が、湧き上がっては、消え
て行きます。
実に多くの複雑な<気持(感情)と願い>が、つぎつぎと泉のように湧き
上がり、そして消えて行きます。
喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、好き、嫌い、・・・。そして、願い。


例えば、つぎのA君の<発言>を考えてみましょう。
 A君の発言「雨が降ってきたけど、僕は傘を持ってないなー」


このA君の<発言>には、どのような事柄と気持が含まれているでしょうか?
(1)事柄。
「雨が降ってきた」という事実。
「自分が傘を持っていない」という事実。


(2)気持(感情)、と、願い。
「困ったなー」という感情、「傘が欲しいなー」という願望。



(3)<聴き手>に要求されること。
<聴き手>は、この二つの要素(事柄と気持)を、出来るだけ正確に感じ
取る必要があります。


(イ)<聴き手>が、先生の場合。
<事柄>。
おとなは、多くの場合、事柄の一部だけを聞いています。全体を正確に
聞いていることはめったにありません。
*<気持、と、願い>。
おとなは、ほとんどの場合、気持を感じ取ることが、出来ていないようです。


ロ)<聴き手>が、生徒の場合。
*<事柄>。
意味を理解しているコトバだけしか、聴き取ることが出来ません。
これは、当然のことで、異常ではありません。
自分が、意味を理解しているコトバが、耳に入ってきた時には、実に、敏感
に、正確に、聴き取っています。
*<気持(感情)、と、願い>。 
ほとんどの場合、実に敏感に、実に正確に、感じ取っています。
生徒の方が、先生より、はるかに感受性(感受力)が強いと思います。
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   どんぐりおじさん
     コメントを心待ちにしています。


         




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