どんぐりおじさんの<人間関係論>

教育学を中心に、人間関係論やコミュニケーション論などに関する私案を、いろいろ書いています

新・教育学(その1)

私達は、子供(誕生から、いつまでも)が、心身ともに、元気に育ち、生き生きと暮らして行くことを願っています。
しかし、この願いを達成して行くことは、私達にとっても、子供達にとっても、とても困難な道です。
この[新・教育学]が、この願いを達成するために、何かしらお役に立つ事を切望しています。
皆さんからのコメントを心待ちにしています。


   人格養成のための新・教育学(その1)
      対話による、生徒中心の教育



                     

          



(Ⅰ)教育の目的は何か。


教育の目的は、生徒の幸福を目指すものであることは、云うまでもありません。
教師は、この目的を実現するために、次の二つの活動を、主に対話(コミュニケーション)によって行うことになるのです。


(1)生徒に正しい知識(国語、算数、英語、歴史、その他の教科)を与えること。
(2)生徒の人格養成。


(注)人格養成のための<新・教育学>は、小学校低学年を対象にしています。
しかし、人間の幸福を、教育の目的としているので、基本理念は、乳幼児、小学校高学年、中学校,高校、大学、企業での教育にも応用することが出来ると考えます。



(Ⅱ)生徒の幸福、人間の幸福とは何か。


生徒の幸福、人間の幸福とは、どのようなものであるべきでしょうか? 
一流大学に入り、一流会社に入り、高い役職につき、高い給料を貰い、立派な家に住むことでしょうか? 
それとも、これとは別の、何かであるべきでしょうか?


教師が、生徒の幸福を、どのように考えるかによって、教師の生徒にたいする活動は、大きく違ってくることは当然です。たとえば、教師が、生徒が良い大学に入ることが、将来の生徒の幸福のために重要だ、と考えるならば、受験勉強に熱を入れるでしょう。テストで良い点を採らせるように指導するでしょう。


さて、古今東西、多くの偉い人達が、人間の幸福、人間の生き方について語っています。
仏陀、トルストイ、スピノザ、デカルト、ゲーテ、アラン、ラッセル、ヘッセ、E・フロム・・・・。


これらの先人の幸福論、人生論は、ほとんど同じで、次のように言っている、と私は思います。
「人生をかけて、人間が目指すべき目的は、自分自身の人格(性格)を形成して行くことだ! そのゴールが、自己完成であり、悟りである。その時、人間は最高の幸福、最高の喜びを体験することが出来る。ここに至る道は、非常に困難であるが、だからこそ、やりがいを感じることが出来る生活が、ここにあるのだ! がんばれ!」と。


仏陀は、苦しく困難な修行を何年も続けて、ついに悟りを開いた、と言われています。
「悟りは、自己完成です。人間の人格が、最も成長した姿です。ここに、人間の至福、最高の喜び、最高の幸福がある」と仏陀は語っていると思います。


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どんぐりおじさん
























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