どんぐりおじさんの<人間関係論>

教育学を中心に、人間関係論やコミュニケーション論などに関する私案を、いろいろ書いています

<一日・一言>(その11)

その日、言いたくなったことを、一言づつ、綴ります。



              <一日・一言>(その11)



       <やりたいこと>を、抑制するもの


                              ブレーキ(その3)
           常識普通



常識普通・・・以下、略して、常識と書きます。


常識とは、何でしょうか?
常識は、<多くの人が守っている>、と<自分が思っている判断基準>です。
自分が、そう思っているだけです。


私が思っている常識と、あなたが思っている常識は、異なっている場合もあるのです。


ですから、私が、常識を守った行為も、あなたから見ると常識はづれの行為になることもあるのです。


社会では、常識を守る事が良いことだ、当たり前だ、と言われています。


普通がベストなのです。





さて、ここからが本題です。


「今、私が、やりたいことは、どうも、常識はずれらしいから
、やるのはよそう!」と<機械的に>、<自動的に>判断した時、常識ブレーキとして<無意識に>働いたのです。


「私が、判断したのだ。私が、決めたのだ」と言う自主決定の自覚がありません。


簡単に言えば、「自分」が、ありません。
自己喪失です。




常識を、いつも厳密に守るべきだと考えている人は、いつも常識が気になり、ブレーキが掛かってしまい、自分がやりたいことが出来なくなります。


と言うより、「私が、何をやりたいか?」などとは、まったく
考える余地が、ないのです。
何をやっても、充実感がありません。
したがって、生き甲斐も、ありません。


これが、「自分が、ない生活」とです。


たとえて言えば、ハンドブレーキが、いつも掛かっている車をAIが自動運転しているようなものです。


今、私は、常識はずれ、を勧めているわけではありません。
常識に囚われないようにすること、を勧めているのです。
常識を採用するか、しないかは、その都度、あなた自身が判断する事を勧めているのです。


なぜなら、これは常識に、はずれていると思うことも、断固やりたい時も、時には起こるからです。



やりたい気持ちが、強い時です。


常識に囚われていると、この時、私がどうしてもやりたいことを、断固、決断するこたが出来ないのです。


これは、残念です。悔いが残ります。


私は、なるべく悔いのない人生を送りたい、と日々、願い、心がけています。
難儀ですが、ここに緊張感があり、喜びがあり、失敗があり、
充実感があるのです。



これが、生き甲斐のある生活だと、僕は考えているのですが、
いかがでしょうか?



異義が、おありでしょうか?
教えて下さい。


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    どんぐりおじさん


      





















         


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